Michio Kuriki  栗木道夫
                                                    

内面と外界との関係
 
Complication 2023
 

内面世界の表現
 
Complication 2022-A (神奈川県美術展・入選)「行為への美的判断力」
自己制御が働いている人の姿。内面が外界との関係をどれだけ考慮しているかで、その人の人格が決まる。
 
Complication 2021-B 「私の名は自問」(ゲーテ風タイトル)
 
Complication 2021-A  Portrait : Classmate A.T. at 1965  「佇まいの美しい人」
 

模索期
 
Complication 2000  (神奈川県美術展・入選)
大学4年時の卒業制作にしようと思っていた仕事だが、確信が持てなく25年が経過し、ハッキリと発表。
「硬直した概念芸術」からの脱皮を目論んだが、当時の風潮は実在絶対主義で、「どうして横に枠をつけるのか」という反応が強かった。私は「実在から誘発される別の存在」があると考えていた。「別の存在形式」という感性は黙殺されていた。
 
Complication 1999  (神奈川県美術展・入選)
キーは個々人の象徴。レンガブロックは個々人が所有する実体の象徴。人々の群れ、つまりは社会の光景。集団とは人びとを指すだけでなく、所有物の群れでもある。静かに存在するようで、実は恐ろしい光景でもある。
 
 
 
Complication 1976  ( collaboration Jim Otis and Michio Kuriki ) at University of Colorado USA
 

アカデミズムからの脱皮
 
Complication 1973-C 「人間の内面は何ができるのか」
 
井上武吉 1973
Complication 1973-B 「何もない部屋」
 
井上武吉 1973
Complication 1973-B 井上武吉氏「何もないよ!」
 
Complication 1973-A  ( I think this piece is my best work yet.)
大学4年1学期の課題(箱の中に特殊な空間を創れ)に対する私のスタンス。
国立博物館の日本刀はガラスケースに入っていた。刀は行為空間から遮断されてる。その姿の実在形式は虚像で死んでいる。ケースを破壊することで刀は行為空間に出現する。これが本来の姿なのだ。我々は行為空間に住んでいる。井上武吉氏から「研究室に置いておけ」と言われた。この作品の視点は私のライフワークとなる。問題は行為空間にあり、額縁や台座は私の仕事空間ではない。
社会全体はどんな意識空間なのか、ここを見定め、その先に「存在可能な空間」を見い出す・・・この作品を創ってから50年経過し、ようやく「存在可能性」というコンセプトを掴むに至った。
 

アカデミズム習得時期
 
   
1969~1970年 (19才時)
 
 
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