Next-generation art collective
次世代芸術の会 設立
世界は乱れに乱れている
過去、現在を問わず偉人・賢人はいると人々は語る
しかるに、現状のザマはどうだ
戦争・殺人・暴力を如何なる目的の手段からも
排除しなければ新しい感性や世界は姿を現さない
武力での勝者は正義感を味わう
そんなものは全て偽善だ
ある条件での殺人自体は合法化さえされている
無能の証拠だ
正当防衛でも
行為以前に成さなければならない事があった
感性の創作は未来の下地を創るという
それで現状を変革できるなら
証明してください
誰一人成し遂げた人はいないではないか
その結果が現在の世界の悲惨な姿だ
人は何時まで寝ぼけているのか
足場が最初に問われる
他人の作った梯子の途中を自分の足場と勘違いしない事。自分の足場に対する点検と発見が作者の実力。力量のある鑑賞者が最も関心を寄せるのは「作者の足場」であり、既存の視点での上手さではない事を制作者は気付いているのだろうか!
足場を見ず手元しか見ない鑑賞者は多い。これは超一流から趣味としてしているケースでも共通する評価基準だ。
「足場」を実存するもつれた世界に置くと、何処に梯子を架けても結果は似たり寄ったりになるのは明らかだ。ここで重要になって来ることは、「あるべき姿の世界に足場を置く」あるいは「イメージの世界を仮想の足場とする」という「操作」です。「実在可能性が確かにあると感じられる不在」だが、不在を足場にして何かを行ったとしても、実在する問題だらけの世界と作用関係を維持してなくてはなりません。「創作活動の醍醐味は仮定の世界に足場を築き、そこから光り出した感性から実在を掴む」。「実在する現実からの縛りから距離を取り、未知の光を実在の世界に確実に投射させ、機能しているかを見届ける」。惰性的印象を受ける作品にはこういう感性がないのは創作の醍醐味を知らずに手を動かしているだけだからだ。
「社会の芸術性」を掲げる。その延長線上に創作物の「新たな光」が社会に対しポジティブなインパクトを与えたかどうかを問う。「~展に出品」「~展で受賞」「~にモニュメント設置」は間接的で尚且つイメージ的な作用を残すだろうがダイナミックな社会との接点といえるだろうか。より強烈な作用が生じる表現形式は如何なるものか。ここが考え処。
硬直した社会構造から利益を得ている勢力は侮れない。軟弱な創作行為や発表形式では太刀打ち出来ない。
私は日々感じる。「自分は何者かにコントロールされ、抑圧された世界の中で生きているに過ぎない」と。
「社会芸術論」
TP1 社会問題に接点を持つ感性や作業を芸術と定義したい
TP2 優れた意識は分野を問わず芸術
TP3 稚拙な意識は破壊行為
TP4 意識は異質を探る触覚
TP5 人間は得体の定まらない生き物
TP6 論を張った妄想には住まない
TP7 倫理と才能は感性と思考を親に持つ
TP8 抽象度の高い意識は人の本籍、説明される意識は人の現住所
TP9 人間としての禁じ手を生業とする輩をどうする
TP10 私たちに必要なのは『倫理の法』であり、『恣意的な法』ではない
TP11 二択の選択に追い込まれる状況は、その状況認識自体誤っている確率が圧倒的に高い。
別の状況設定から生じる選択肢を模索しなくなるからだ 。
TP12 芸術は、社会が抱える問題に対し、「触媒」或いは「酵素」として確実に機能してるのか。
「間接的に影響を与えている」という思い込みで満足しているに過ぎないのではないか
TP13 様々な感性や意識のルーツを探り、多様なアプローチを紹介する創造集団です
